竹鶴酒造のご紹介
広島県竹原市。江戸時代の町並みを色濃く残す美観地区のど真ん中にあります。龍勢・宝寿を造る藤井酒造さんとは歩いて5分ほど。すぐ近くにあります。
この竹鶴酒造は、ニッカウィスキーの創始者、竹鶴政孝の実家としても知られています。
もともとは塩田で財をなした家が多いこの地区ですが、この竹鶴家もその一つ。夏は塩田で塩を造り、冬は酒を仕込む、というのがパターンだったそうです。
ここで杜氏をされているのが、かの「酒造界の大魔神」とか「酒造界のゴジラ松井」(実際、似ている)などと言われて親しまれている石川杜氏。早稲田大学時代に神亀に出会い、就学中から神亀で酒造りを始め、そのまま神亀の蔵人になってしまった冒険野郎です。
神亀で4年、蔵人をされた後、実家のある広島県に戻り、ここ竹鶴酒造に入りました。実は、彼のお父様は、広島県の大手蔵の重役さんなので、何故、そこに入らないのか、と家族に言われたそうですが、彼の目指すものとは違う、ということで、家族全員の反対を押しきって竹鶴さんに入りました。
前任の杜氏さんの下で2年、蔵人を勤めた後、この杜氏さんが高齢で引退されたので、社長は石川さんを杜氏にしました。そして、それまでの竹鶴とは全く違うお酒が出来るようになりました。
石川杜氏自身も言っておられましたが、やはり最初に入った神亀の影響は大きかったようです。吟醸香なぞ、これっぽっちもない。滑るような喉越しを期待してはいけません。思いっきりゴツイです。市販酒のラベルには記載されていませんが、分析値を見ると、ぶっ飛びます。香り高い、やわな吟醸になれている人なぞ、この数値を見ただけで、一口も飲みたいとは思わないでしょう。
しかあ〜しっ!!
石川杜氏をはじめとする、竹鶴酒造の面々の造る味わいは、決して数値で推し量れない奥深さがあります。開けたては確かにとっつきにくいです。杜氏自ら「純米爆弾」などと言っています。冷やのままで飲めば、口の中で酸が弾けます。でも、そのゴツイ味わいが、時間の経過とともに、なんとも言えない旨味に変わってくるのです。瓶のままだったら、二週間〜一ヶ月。口の広い酒器に入れておくなら半日くらい、そのままほったらかしにしてみて下さい。
開けたてのゴツさは微塵もなく、骨太の酸が味の骨格を造り、五味が見事に調和してきます。この味わいを知ってしまったら、もう後には引けません。
香り高い吟香(石川杜氏に言わせると、あれは香りではなく臭いだ、とのこと)だけが、滑るような喉越しだけが吟醸酒ではありません。私が最初に出会った頃の神亀の、あの野武士のような一本背筋のピインと通ったような味わいは、まさに竹鶴でしか味わえない個性でしょう。
また、竹鶴を語る場合、石川杜氏だけでは到底、語りきれません。実際、雑誌の取材などでも石川杜氏はよく出てこられるのですが、その後ろでこの大魔神を操っているのが竹鶴社長。若い杜氏の好きなようにさせ、必要な道具もすぐに購入する、新しい井戸を掘る、この社長なくしては、竹鶴は語れないでしょう。
大変な酒豪で賑やかなことが大好きな社長が、実は「居酒屋竹鶴」の黒幕なのです。
*「居酒屋竹鶴」とは、一日の仕事が終わった後で、社長宅の食堂で繰り広げられる酒宴。華やかな吟香のある酒など、「うっ、なんだこの酒! 吟臭がするぞ! くっさ〜」などと言われ、また、酒は全て煮え燗にして飲まれる。おそろしい・・・そして、酒肴は奥さん手作りの料理で、これがまた抜群においしい。

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