『ここに美酒あり後編』より、鷹勇

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『ここに美酒あり後編』より「鷹勇」


分厚い鼠色の雲が、今日も山陰の空を覆っている。
私はいつものように、列車に揺られて西へと走る。
しとしとと降り続く雨は、海と山とに閉ざされた土地を湿らせ、人の心まで湿らせる。
山陰吟醸ゾーン。そう呼ばれながら、眩しい陽射しは、まだここには届かない。
時化を避けて、木の葉のような漁船の群れが、小さな港に身を寄せる。
勝部川を過ぎ、列車は因幡と伯耆の国境を超える。
大山が見える。身を焦がした季節の名残を岩肌に見せて、今は樹海に抱かれて静かに眠る。
突然、落雷が大地を揺るがした。そして、辺りは俄かに掻き曇り、どしゃ降りの雨が視界一面を呑み込んだ。
幾条もの閃光が、漆黒の闇を切り裂いて、山頂に向かって落ちていく。不意の嵐に列車は小さな駅に足止めを食らい、轟音と光のスペクタクルに私は見とれた。
これは終りなのか、それとも始まりなのか。鞭打つように雨は降る。
私はひと月前の、みちのくの夜を思いだしていた。

平成元年十月八日。福島県郡山市、ローズガーデン。
この日、全国各地の吟醸が技を競った、「第一回・ここに美酒あり・選考会」で、伯耆の酒「鷹勇」は、「黒田城大手門」「三井の寿」らと共に、見せ場たっぷりの味わいで、激戦の末、堂々の上位入賞を果たした。
鑑評会の酒から生活の酒へ。
私達主催者も予想だにしなかった地殻変動の嵐が、みちのくの地方都市を包んで燃えた。スタッフも、夜の一般公開パーティに集まった酒徒たちも、日本酒の歴史的な進化の瞬間を会間見た感動に、その夜、誰もが酔いしれた。
飲み手は正直である。
会もなかば、全量純米を達成した「神亀」と、初の生モトの吟醸を生んだ「大七」を特別表彰する頃には、選考会の審査結果の発表前だというのに、良い酒の一升瓶は早々と空に、そうでない酒は、殆ど手付かずの状態で閉会まで残った。
「酔わす」、これは造り手にとって、案外難しい行為である。
深い余韻を残して、パーティは幕を閉じた。それぞれの酒の姿は、飲み手たちの記憶の印画紙に刻まれて、造り手たちのもとから巣立っていった。
その中でも、この「鷹勇」。国引き神話のダイナミズムそのままに、まだ若さを残す冴え冴えとした味わいの中に、まだ見ぬ勝負師の熱き心が燃えていた。

雨上がりの虹に向かって、列車は再び走りだす。
あの日、私がきいたのは、本醸造タイプの吟醸である。あれから私は酒販店で買って、レギュラーの純米酒を飲んでみた。
何と二千円少々の価格で、経済の法則を無視した、精米歩合五十パーセント。
米は殆どが山田錦。掛米の、ほんの少し足りない分にだけ、地米のヤマビコ(現在は玉栄)を使う。
わきたつように香り高く、ふくらみ、味切れ共に申し分ない。山ふところのように奥深く、完全な吟醸としての型を持っている。
五十パーセントの精米歩合は、今では中吟の扱いだが、白く搗くばかりが能じゃない、と鋭くタフな味わいの中に、キラリと光るプロの技。

酒の価値は、飲み手の美意識の中で初めて生れるものなのだ。それを知らずして、やたら高精白するばかりでは、いっときの名声は得られても、いずれは精神の貧しさを露呈する。何のために酒を造るのか?その哲学なくして、真の繁栄は有り得ない。
吟醸はあくまでステイタスであり、これからの酒屋の飯の種はレギュラーの純米酒。
「○○百選」に出る必要はない、偉大なるマイナーであれば良い。酒屋と飲み手の関係は私的で個人的であるべきであり、虚飾を取り払い、当たり前のことをひたすら当たり前にやる尊さを、その驚天動地の味わいが教えてくれる。
そして私は、初めて石見へ向かった時と同じように、今日も山陰線に揺られている。
男の酒「鷹勇」、あの酒を造った人に会いに行く。まだ、ここにも夢がある。山陰に住んでいて、こんな気持は何年ぶりか。肥沃な穀倉地帯を突っ切って、列車は浦安駅に滑り込んだ。
荷物が軽くて、雨が降っていなければ、私はなるべく歩いて蔵に行く事にしている。知らない町の空気を吸い込み、ゆっくり歩きたい。
一本道を歩いて約十五分。大谷酒造の通用口に着く。
深呼吸ひとつして、蔵内へ。前掛け姿の男女が、一升瓶に包装紙を巻いている。
酒を語る時、蔵元や杜氏の力量ばかりが注目されがちだが、こうした蔵内の、縁の下の力持ちたちの存在は大きい。
瓶洗いひとつにしても、汚れが残っていては、そこから雑菌が繁殖して、火落ちの原因になりかなない。
事務所で、先日飲んだ純米酒の感想を述べてから、「どうして、あんなに米が白いのですか」と、私は蔵元の大谷氏に尋ねた。
しかし、「いや、旨いほうが良いと思ったので・・・」と、どうにも要領を得ない。考えてみれば蔵元がコピーライターを兼ねる必要はなく、それ以上に酒は饒舌である。
「杜氏を呼んできます」と言って、大谷氏は部屋から出ていった。
晩秋のこの時期、農村から、山村から、漁村から、今日も一人、明日も一人、行李を幾つも車に積み込んだ男たちが赴任先の蔵へと向かって行く。
昔ほどではないにしろ、ひと冬の別離は、男もつらいが女もつらい、風の中に消えて行く男たちの姿を、妻たちは今も切り火で見送る。
半年近く家族と離れ、精神と肉体の限界に挑む男たち。
収入だけが目当てなら、もっと好条件の仕事が他にもある。
習性か。いや、違う。人は決して、苦しさに慣れる事はない。
アカギレの手に蒸米を擦り込み、汗だくになって麹を揉み、老いた手で櫂を引く。そして泥のように眠りこけ、明けやらぬしじまの中で、蒸気に顔を吹かれながら甑に米を張る。そんな男たちを、私は知っている。

「ようこそ」、弾けるような声と共に、冷んやりとした空気を押し分けるようにして、一人の男が現れた。
「いやあ、先日の選考会は有難う御座いました。長いこと杜氏やっていますが、あんなに嬉しかった事は初めてです。出品酒を贈る時はハラハラしましたが、評価が低ければ、私の腕が未熟なんだと覚悟を決めて出しました。
えっ、若かった?そりゃ、そうです。秋口から味が多いんでは、師走の頃にはダレてしまいます。新酒の時には渋くても、強い酒を造ろうと思っとります。そんな具合で、自分のやっている事が、少しは世間に通用するんだと判って、嬉しくなって、社長に無理を言って、今年は吟醸の本数を増やして貰いました」
この人が坂本杜氏。
リズミカルに、パワフルに、豊かな表現力を持った人である。
権威のカケラもない私たちの選考会が、幾らかでも造り手の励みになれば、主催者として最高の喜びである。
それにしても、出品して頂いて、お礼を言わなければならないのは私のほうである。だのに、親子ほども年齢の違う杜氏から、先に切り出されてしまったのでは、申し訳が立たない。遅れてはならじと、壁にズラッと掛かった各種の賞状に目をやりながら、私は柄にもなく、鑑評会に話を振った。
「いや、県や杜氏組合や、広島局や全国の鑑評会も勝負ですが、秋の熟成酒で評価して頂けた事が、杜氏冥利に尽きます。やっぱり酒は飲むものですから、秋の熟成酒での勝負が、本当の値打ちだと思っとります」
県の鑑評会では技術賞(上位三点)の常連で、広島局や全国でも、落ちる年の方が珍しい。そんな名杜氏でありながら、坂本杜氏の顔は、きっちり飲み手の方を向いている。
聞けば、この冬の吟醸(平成1BY、精米歩合50%以下)の仕込みが十八本。これでは幾ら何でも、人間がダウンしてしまいそうだが、それが彼には楽しくて仕方ないらしい。
「一本一本、少しずつ造りを変えられるので、良い勉強になります。高価な米を白く搗くのだから、自然と気合も入ります。それに、こんな人不足の時だからこそ、私たちがより良い酒を造って、世間の目を清酒に向けさせて、その中から人材を育てて行くべきだと思うんです」
とにかく、打てば響く小気味よさ。かなりの苦労人ではあるが、それを決して顔には出さぬ。
時代と勝負する。その概念を、これほどまでに自らの全身で表現できる人は滅多にいない。四千石の重責を背負って、ひと言ひと言がピリッと締まってズシリと重い。
十代の頃から、この蔵に四十年以上勤続し、杜氏になってからも早や三十五度目の冬を待つ。

検査室を通り、麹蓋の積まれた中庭を抜け、蔵へ入る。
入り口の左手、ビニールカーテンで仕切られた貯蔵庫の一角に、小型の二重タンクが二本。早出し用の純米の醪である。
梯を登り、醪を噛む。山田錦特有のふくよかさ。まったりとして、かつ涼しい。軽く息を吹き掛けると、冴えた色沢の泡が大きく揺れる。
それにしても、いわゆる中吟でありながら、どの仕込みタンクもぐっと小さい。タンクが小さければ一本当たりの製成数量が少ないから、経済性が悪い。量を確保しようと思えば、仕込み本数を増やさざるを得ないから、杜氏の肉体的、精神的負担が増す。
高精白酒の出荷が多くなりつつある今、往々にして酒造家たちは、なるべく大きな仕込みでやりたがるものである。それなのに、なぜなのか。
「以前は一、五トンや一、三トンでもやってみました。ですが、良い物を造ろうとすれば、一トンより大きい仕込みは私には納得できませんでした。名前だけの吟醸や純米では意味がない。質より量を優先させるなら、それはもう吟醸造りじゃありません」
吟醸以外はボロ、の銘醸蔵が、世間には少なからず存在する。だが、これではマスゴミは騒いでも、生き残り競争には勝てない。

吟醸の本数が増えて手狭になったので、二階に吟醸専用の仕込室を新たに作り、冬への備えは万全である。
普通酒の造りも丁寧である。大型の空調と冷管で醪を冷やし、じっくりと日本酒度をプラスまで切って出る。決して甘くなく、スッキリ辛口の強い酒である。
「これでも上原先生には、『杜氏も年を取って人間が丸くなった分、酒も以前よりは柔らかくなったな』って言われるんです。昔、先生がまだ若い頃、指導にやって来て、よくサケメシを作って一緒に食べました」
サケメシとは何か。鮭茶漬ではない。炊き立てのご飯に辛口の酒をたっぷりかけて、お茶漬けのようにして食べるのだそうだ。どうにも想像を絶するが、食料の乏しかった戦後には、大変なご馳走だったという。
「甘い酒じゃできない。サケメシができるのは『鷹勇』だけだ、って。先生はその頃から辛口の涼しい酒を造ろうって、口を酸っぱくして言ってました」
鳥取は全国でも辛口県の部類に属するが、その中でもこの「鷹勇」は一貫して辛口の酒を造り続けてきた。それでいて薄辛く感じさせないのは、醪がきちんと完全発酵している事を示している。

酒造りの秘訣を語る時、「一麹、二モト、三造り(醪)」とよく言われるが、蒸米の出来具合が悪いのに麹が言いという事はあり得ず、本当は「一に蒸米、二に蒸米、三に蒸米、四五がなくて、六に麹」と言うべきであり、原料処理こそが全てを決める。
造り全体に派手さはない。至ってオーソドックスなのだが、よく目を凝らして見ると、抜け掛けで蒸し、初添はきっちり枝桶を立て、各工程の勘どころは、息詰るほどにキチンと押さえてある。このクソ真面目さこそが、出雲の真骨頂である。経験にうぬぼれず、目先の新しさに惑わされず、他人に言われるまでもなく、自ら率先してベストを尽くす。自分にないものへの憧れなのかもしれないが、そんな出雲の杜氏たちが私は好きだ。
検査室に戻ってきき酒する。
普通酒から吟醸まで、どの酒も一分の隙もない端正な味わいで、適格な原料処理や製麹、そして酒母の強さを物語る。
殊に吟醸は、ただただ若い。熟成のメドが立たないほどに渋さの残る味わいの中に、秋晴れの吟香が、今か今かと出番を待っている。
酒は過熟になったら最後、もう元には戻らないが、若い酒には待つ楽しみがある。恋い焦がれた人との逢瀬を指折り数えて待つように、それは飲み手にとって、とても贅沢な時間である。
「鷹勇」この酒には力強さと温もりが同居している。怠け心に鞭打って、手を入れれば入れるほど、自然は人に応えてくれる。そんな真っ向勝負の時代を超えて来た、修羅場くぐりの温もりを、私はこの酒に感じる。
互いに凌ぎあい、山陰に綿々と連なる情念の系譜。岡田一郎、上原浩、坂本俊。闘うことをテーマに生れてきた男たち。
ある者は、北支戦線で銃弾の雨をかいくぐり、ある者は、配給切符で手にした麦の握り飯を頬張りながら、腐造の救済に青春を費やし、ある者は破精込まぬ黒い米に切り返しの手を真っ赤に腫らし、それぞれに、いつか吟醸の仕込める日を夢見て、そんな飢餓の時代を耐えて来た。

師走も半ば、大谷氏から荷物が届いた。
「鷹勇 吟麗」山田錦35%の純米大吟醸である。
圧倒されて、とてもすぐには飲む気にならない。瓶は冷蔵庫にしまい込み、箱端本棚の上に置く。箱を眺めながら考える。他の「鷹勇」の酒質からして、きっと若いに違いない。どころか、まだ渋いかもしれない。いや、ひょっとすると、もう飲み頃かもしれない。ああでもない、こうでもないと思案して、暖冬の日々が過ぎていく。
そして我慢しきれなくたって、七日目の夜、私は一升瓶の封を切った。
予想通り、まだ若い。現代の嗜好は味の進み具合がやや若い方に傾いているから、その意味では飲み頃なのだが、私の感覚では、味のふくらみ、香りの立ち方も、あとほんの何ミリかだけ機が早い。
嬉しかった。熟成の尊さを無視して低温麹や踊りを抑えたひ弱な吟醸がもてはやされる中、あくまで飲む事を前提に、時代を見据えた強い吟醸に出会えた事が。
「飲まない楽しみ」と言ったら滑稽だが、待つ楽しみを一緒に封じ込めて、私は再び一升瓶を冷蔵庫に戻した。

そして、新しい年が来た。雪は降らず、さっぱり実感の乏しい冬の日が続く。
知らぬ間に、日が暮れかけていた。新しい空気が吸いたくなって、私は窓を開けた。
かすかに雪のにおい。、昨日までとは違う見えない透明な粒子が、夕闇の中でキラキラと舞っている。
無性に飲みたくなった。大急ぎで風呂に飛び込む。ストーブの油の臭いを追い出して、冷蔵庫から抱え出した酒を、温泉津焼きの猪口に注ぐ。
僅かばかりの液体が、薄手の小さな陶器の中で揺れている。
熟成、この尊きもの。硬さも渋さも消え、猪口を重ねるほどにふくらみを増す凛とした味わいの中に、造り手と飲み手を結んで同心円を描く、深い香りが溶けている。
純米吟醸、それは明日の吟醸酒のあるべき姿。
米の良さを最大限に引き出した、純米ならではのシャープな味切れ。他のどんな助けも借りず、自分の力だけで完全発酵のゴールに辿り着く、その比類なき爽やかさに、私は酔った。
蔵に行きたい。翌朝、大谷氏に電話を入れ、膝まで埋もれた雪をかき分けな
一夜にして、野も山も見事に白い。押さえきれない胸の高鳴りが、凍てつく風を吹き飛ばす。
一路、蔵へ。再開の挨拶もそこそこに、上槽を終えたばかりの純米をきく。
日本酒度は更に切れ、以前にも増して冴えている。雑味のカケラもなく、滑り、ふくらみ、味切れとも十分で、これで文句があるなら、それは酒が悪いのではなく、飲み手が耳鼻咽喉科に行くべきだ。
明日の仕込みの段取りを手伝って、大谷氏に無理を言って、一晩、蔵に泊めていただく事にした。
会所場に集まって、蔵人たちと一緒に夕食をご馳走になる。
一人で飲む酒、友と語り合いながらの酒、宴席の酒と、酒にはいろいろなパターンがあるが、現場育ちの私には、会所場の酒が一番好きだ。
燗をする薬罐は何度か空になり、一升瓶が床に何本か転がっていたが、その大半を私一人で飲んだような気がする。
確かに飲める酒なのだ。気がついてみると地球が回っていたが、これで酔いつぶれてしまうわけには行かぬ。酒蔵の夜は、まだまだ始ったばかりである。
ストーブを囲んで、家族の話、米作りの話、杜氏仲間の話、若い頃の苦労話と、お国なまりに花が咲く。厳しさと安堵のコントラストが濃いほどに、屈託なき笑い声が陽気に響く。それは、共通のテーマを持ち、苦楽を共にする者たちだけに与えられた特権なのだ。
再び、仕事の時間である。めいめいが切り返し、櫂入れに、酒槽の点検に散って行く。私は坂本杜氏の後を追った。
会所場。その変哲もない部屋から一歩、蔵に足を踏み出す時、農夫は勝負師に姿を変える。しんとした蔵内に、酒槽の軋む音だけが微かに響く。
二階の吟醸の仕込室。真新しい室内に、四本の開放タンク。高泡醪に、念のため、今では珍しい木製の泡笠が掛けてある。
坂本杜氏が梯を登る。泡面を見つめ、素早く繰入櫂を入れ、全身で香りを嗅ぐしぐさには凄みすら漂う。
「醪日数が長すぎても、短すぎてもいかんね。甘さが消えて、まだ吟味が残っているうちに搾る。日本酒度やペーハーで決める人もいるけど、やっぱり最後は自分の勘だけが頼りです。後は運を天に任せて、上槽の日が寒くなれと祈るんです。でも本当は、運というものは成り行き任せじゃなくて、自分で呼び込むものなのかもしれんねえ」
冷気のみなぎる空間に、甘さをそぎ落とした男の香り。この人に引退の二文字は似合わない。
「まだ代司をしていた若い頃に、倉吉地区の鑑評会で、うちが出品十三場中十三位、つまりドン尻になってしまい、おまけに順位を発表して全員に賞状を渡すもんだから、先代の杜氏に『わしはよう行かんから、お前が代わりに貰いに出てくれ』と言われて、関係者全員の前で名前を呼ばれて、賞状を受け取った時は、死ぬほど情けなかった。あの時、『いつか、どこにも負けない吟醸を造って、きっと私がトップになってやる』と誓ったんです」そう呟いて、醪を噛む顔がニコリと笑う。
負けより始る人生に、大きな飛翔の時がくる。
荒波が吼える。横殴りの雪が舞う。握りこぶしに力を籠めて、櫂ひと振りに男を賭ける。
酒造り、それはれっきとしたサイエンスの世界ではあるが、その味わいに彩りを添えるのは「自分のやっていることが、どこまで世間に届くか」と問いかける、造り手たちの熱き心である。
通路を隔てて、吟醸室の真向かいに、坂本杜氏の寝室がある。そこに私も寝床を借りる。私の側に坂本杜氏が寝ている。眠ってはいるが、物音ひとつで飛び起きるであろうほど、暗がりの中で彼の神経が張りつめている。
こんな杜氏が少なくなった。酒造りにとって、安全醸造は大切だが、時には険しい尾根を歩く事も、吟醸造りには必要である。ひと冬の長丁場。雑煮を口にはしても、休む寝床はあっても、皆造の日まで、彼に心の安らぎは遠い。
どんなに着飾るかではなく、何を残すかが男の勝負。
何も要らない、欲しくない。ただ、吟醸を飲める日がいつまでも続く事。そのために死力を尽くすのが、日本酒の良き時代を謳歌している我々の務めである。

男の酒「鷹勇」、だが、この、能ある鷹は、まだその全貌を私たちに見せてはいない。ないものねだりではない。造り手のボルテージに呼応して、その繰り出す技を正面から受け止め、感動のぎっしり詰まった引き出しを一つ一つ開けて行く。それは私たち飲み手の仕事である。
山陰吟醸ゾーン。決して幻ではない。
派手さを競うことはない。大きさを誇示する必要もない。囚われの心の鎖を解いて、それぞれの町に、それぞれの酒。日本酒新時代。

「やっと自分の型が出来た。そう思いたい気持を打ち消して、今よりもっと力強い酒を造りたい。もっとたくさん吟醸を造りたい。なぜかって。それは杜氏が私の天職だから」
造り手の技術と精神が極限に達した時、薄く透明で途轍も無く大きな泡が酒母に現れて、造り手の姿がその泡面に映るという。
鏡面(かがみづら)、私はまだ、それを一度も見た事がない。だがきっと、その伝説の泡を、私はこの蔵で見られるような気がしてならない。
知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者はおそれず。沈黙を強いられた時代の終りを告げて、海辺の町に、情念の磁場が渦を巻く。そして男は今日も、蔵へと続く会所場の扉を開ける。

 

これは、平成元年に箕浦淳一氏が出した『ここに美酒あり・後編』から「鷹勇」の部分を、本人の承諾を得て、掲載させていただきました。
文章の中に、坂本杜氏が、倉吉地区の鑑評会でドン尻となり、「きっとトップになる」と誓った、という話しがありますが、この大会の翌年から坂本さんが杜氏となり、本当に、トップ3を鷹勇が独占したそうです。
平成10年の冬、「鏡面」と思われる大きな泡が出来ました。上原先生がその写真を撮影し、私もそれを見せて頂きましたが、本当に大きな、タンク一面にかかるような、大きな一個の泡でした。


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