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酒を造る人達

この職人達の顔を見てください。この人達が、あの美酒を造っています。

坂本杜氏(鷹勇・現顧問)

鷹勇で50年以上働き、昨年引退されて顧問という立場になられました。

「ぼくは山廃で育った杜氏だから」といって、しばらくの間、造られていなかった山廃造りのお酒を平成9BYから復活させ、我々飲み手の度肝を抜いてくれました。

それほど、ここの山廃の登場は衝撃的でした。

しかし、ここは山廃だけが凄いのではありません。

普通の純米、純米吟醸にしても、なぜこれほどの美酒が、それほど世間的にも名を知られていないのだろうと思ってしまうほど、全国的に見ても高水準の品質です。

全国的にお米が不作だった平成5年にも、他の蔵が軒並み品質を落としている中、鷹勇や他の当店で扱わせていただいているお酒は、全く例年通りの水準をお酒を造られていて、改めてその腕前の確かさに驚かされました。

坂本杜氏のお父様も、杜氏だったそうですが、最初はいやだった酒造りの仕事も50年以上経ち、数年前には黄綬褒章まで受賞されました。

が、坂本杜氏の目は、いつでも一般の飲み手を向いています。

お話をうかがっていると、言葉の端々に、実際に飲んでいる人達に向き合おうとされている姿勢が感じられ、より一層、坂本杜氏のファンになってしまうのです。

 

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長崎杜氏(天穏)

坂本杜氏とは遠い縁戚関係になり、以前は鷹勇で、坂本杜氏と一緒に働いていらしたこともあります。

つまり、長崎杜氏も鷹勇門下生の一人であり、上原組直系の杜氏だと言えます。

それは酒質にも如実に現れています。

搾ったばかりの時は透明感こそあるものの、堅く渋く、とても新酒では飲めたものではありません。

それが秋を越え、翌年の冬を越す頃になると、なんともいえない上品な旨味が、じわじわと滲み出てくるようになります。

小柄で大人しそうな外見からは想像もつかないような行動的に動かれる杜氏ですが、私が最初に出会ったのは、長崎杜氏が、まだ広島の龍勢にいらした時でした。

この時の龍勢も、全く先入観なく飲んだ時の驚きは、今でも覚えています。

しかし5年間という約束で、他の蔵に移られ、寂しい思いをした(私個人として)のですが、その後、杜氏の出身地でもある出雲の蔵に赴任されたと聞いて、

また長崎さんのお酒が飲める、と喜んだものです。

まだまだ、これからも上原先生直伝の純米吟醸を造り続けてほしいものです。

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松崎杜氏(日置桜)

いつ行っても、ひょうひょうと仕事をされていて、蔵元の陰にあってあまりおしゃべりもされませんが、彼の造りお酒は、どれも一本筋が通ったような味わいが通底しています。

米の旨味は充分に感じさせながらも、どのお酒にもキラキラとした透明感のようなものを感じるのです。

もちろん、これは蔵元の山根さんの出荷管理の腕もかなり関係しているのでしょうが、この二人あってこその日置桜。

さらに、ここ数年は、鳥取県中部の有機栽培で酒米を栽培されている農家さんのお米を使いだしましたが、これがまた凄い。とんでもないお米であり、とんでもないお酒です。

量が少ない上に、熟成に時間がかかるので、うちでもなかなか入荷しません。

できれば、もう少し、多めに造っていただけると有り難いのですが。

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原田社長(旭菊杜氏兼蔵元)

渾名が「宇宙人原田」。でも、彼の酒造りに対する情熱と技術は凄いです。

以前はもっと宇宙人だったのですが、長い間この蔵の杜氏をされていた田中杜氏が急逝されてから、自ら蔵にこもり酒造りに没頭するようになりました。

最初の2~3年は、あまり感心しなかったのですが、その後の快進撃は驚きの連続でした。

これほどの技術と情熱が、あのボ~っとした原田社長の、どこにあったんだ!?

と正直思っていました。というか、今でも思っています。

高精白のものばかりでなく、50~60%精白の純米酒の素晴らしいこと。

キラキラした光の粒子さえ見えるようなクリスタルな味わい。

馥郁とした旨味もありながらも、その透明感あふれる味わいは、鷹勇を超えた、とまで言われました。

ただし、これを味わうにはコツがあります。開けたてで楽しもうと思ってはいけません。

一週間~二週間。あるいはもっと時間をかけていただくと、実に豊かにして美しい地平が待っています。

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井上杜氏(三井の寿)

現在は、蔵元さんの次男の井上君が杜氏の重責を担っていますが、私が初めてここにお邪魔した平成3~4年頃は、地元のベテラン杜氏が赴任されていました。

その杜氏の造るお酒の味が大好きで、三井の寿は私の日々の晩酌にもしばしば登場したのですが、井戸を変えた頃から酒質が変化し、結局そのまま、そのベテラン杜氏は引退されました。

「とっさん(杜氏)には悪いことしましてね~ 『なんか酒が思うような味にならん』って首をひねってらしたですよ。

あの時、井戸を変えなければよかったんですかね~」と蔵元さんは後ほどおっしゃってました。

井戸が変わると酒質はがらっと変わるという劇的な変化を教えてくれました。

その後、石川県の菊姫で修行した山下杜氏が山廃造りをこの蔵に導入し、現在は蔵元さんの次男井上君が杜氏となりました。

この蔵の恐ろしいところは、麹を全て蓋麹という小さな道具で造ることです。

はっきり言ってとんでもない仕事量ですが、歴代の蔵人は淡々と仕事をこなしています。

一部に蓋麹をやっている蔵はたくさんありますが、全量蓋麹というのは、聞いたことがありません。

こんなことをしているのは、私が知る限り、この三井の寿と神亀くらいしかありません。

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末永杜氏(杜の蔵)

親子四代、この蔵に杜氏として赴任されています。

そして蔵元も親子四代続いて、この末永ファミリーと共に咲け造りを続けています。

よく蔵元と杜氏は車の両輪と言われますが、ここほど理想的な関係を構築できているところも珍しいのではないでしょうか。

私が初めてここと訪れた時は、三代目の末永杜氏でした。(今は四代目に交代し、三代目は総監督のような立場になってらっしゃいます)

人の良さそうな穏やかな表情の方なのですが、一歩蔵の中に入ると、全く顔つきが変わります。

仕事師の顔、とでもいうのでしょうか。

蔵の中のどんな音も聞き逃さず、どんな変化も見逃さない、とでもいうような緊張感が漂います。

でも、そんな杜氏の造るお酒は、その顔の表情そのままの穏やかな、しかし芯の強い味わいです。派手な香りは無いけれど、自然なままの香味があります。

熟成させることによって、味は落ち着き、香味が溶け合って次元の違う旨味へと変化していきます。

まだまだ総監督として活躍されんことを。

 

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安西杜氏(羽前白梅)

むちゃくちゃ堅いです、この人の造るお酒。

蔵元さんには度々指摘するのですが、「いや~、わたし、ずっとこれだったもんで、お酒ってのは、こういうもんだと思っていたんですが・・・」

そんなの、あんただけだよ!

とは突っ込みを入れませんが、1年や2年じゃ、全然熟成してきません。

ですので、こればかりは仕方ないので、消費者が自分で調整するしかありません。

栓を開けて二週間前後、ほったらかしにしてから、お燗にしていただくと、丁度いい具合に味がまろやかになってきます。

でも、そんな堅い、渋い酒が造れるということは、もちろん、それだけの技量の持ち主でもある、ということです。

事実、上原先生が、「あんたは名人じゃな。あのタイミングで搾れる杜氏は、そうはおらんぞ」というような意味のことを安西杜氏にされていたことがあり、へ~先生もこんなに褒めることがあるんだ、と感心した記憶があります。

ちなみに、上原先生は、酒造業界で毒舌No1と言われた方です。

本人としては、「わしは本当のことを言っとるだけ」だそうですが。

開けたてからすぐに楽しみたい方にはお奨めしませんが、一ヶ月前後待ちながら味の変化を待てる、気の長い方にはお奨めします。気の長い方にしか知り得ない味わいがあります。

 

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タンク佐藤(鯉川)

ここの亀の尾を使った純米吟醸『亀治好日』はとても良いお酒だと思いますが、それは現時点での話であって、以前から、ここの亀の尾を使ったお酒が良かったわけではありません。

この鯉川酒造がある余目町は、亀の尾の原産地。

現蔵元のタンクさんのお父様の時代から、亀の尾を使っておいしい純米吟醸を造りたい、という夢を持ってらしたそうです。

新潟で有名になった『亀の翁』とはほとんど同時に亀の尾を使ったお酒を造り始めていますが、漫画の影響からか、原産地の山形よりも新潟の方が有名になってしまいました。

が、そんなことよりも、まずは品質。

夢を実現できないまま、父佐藤は亡くなられましたが、タンクさんの代になってから、杜氏も若返り、お酒もがらっと変わりました。

ここ数年の鯉川さんの酒質の進化には驚かされています。

亀の尾だけでなく、美山錦を使った純米吟醸、当店のオリジナルとして瓶詰めしてもらっている特別純米(あれは本当は純米吟醸の表記をすべきです)も、蔵全体の水準が二段も三段も上がりました。そして現在、その特別純米は完売。新たに出羽の里50%精白の純米吟醸を新たに当店オリジナルとして瓶詰めしてもらいました。

それを支えたのが、まだ若き高松誠吾(たかまつせいご)杜氏。これからの鯉川は彼の双肩にかかっていますが、ここ数年のお酒の品質を見る限り、全く心配なことはなさそうです。

いや、それどころか、毎年どのようなお酒を出してくるのか楽しみです。

 

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石川杜氏(竹鶴)

私が彼に初めて出会ったのは神亀さんの蔵でした。

聞けば早稲田の学生時代に神亀を飲んで日本酒にのめり込み、神亀でアルバイトをしながら学校を卒業。結局そのまま神亀に就職してしまったそうです。

その後、故郷の広島に帰らなければならなくなり、広島の竹鶴酒造に入社されました。

ここで蔵人を2年経験した後、前杜氏が引退するので、彼が杜氏となりました。

竹鶴のお酒は、そのぶっとい味わいが特徴ですが、この味は彼が杜氏になってから掘った井戸の水によるものです。

以前、三井の寿にいた山下杜氏が竹鶴を訪れた際に、この水の分析値を見て、他の井戸を探した方が良いのでは、と言われたそうですが、石川杜氏は、いやこれがうちの水だから、この水に合ったお酒を造るだけです、という考え方です。

彼がよく言うのは、人間が微生物にしてやれることなんてささいな事しか出来ない。

それよりも、彼等が活動しやすい環境を整えてやることの方が大事。

放置プレイならぬ放置酒造りです。

が、それがなんともいえない骨太な味わいを造り上げていきます。

時間をかけて、温度を変えると、さまざまな味の変化を見せてくれます。

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藤井雅夫(龍勢)

彼も蔵元の次男として、造りの全責任を担っています。

おとなしい、控えめな性格ですが、芯の強いところが、そのままお酒の品質に投影されているような気がしています。

現在天穏に赴任されている長崎杜氏の薫陶を受け、長崎杜氏がこの蔵を離れてからは孤軍奮闘。

なかなか思うような酒質にならずに苦労していた時期もありましたが、そんな時期を乗り越えて、現在は多くのファンを持つ『龍勢』ブランドを造り上げています。

力強く爽やかで、かつのどごしが良い龍勢の様々なお酒は、どれも開けてからも時間がかかります。

というか、開けてすぐにでも、それなりに美味しく飲めますが、時間をかけていただくと、より一層味に深みが加わります。

長崎杜氏の、そして上原先生の技術と精神を受け継いだ雅夫君の毎年の造りだすお酒には、いつもながら大きな期待を持ってワクワクしながら、新酒の到着を待っているのです。

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加藤杜氏(睡龍)

元は全く違う分野から、自分が飲める酒を造りたいという気持ちで酒造業界に入り、数年で杜氏にまでなってしまいました。

大七の故伊藤杜氏の自宅にまででかけて生酛造りを教わり、生酛のお酒を造れる酒蔵を探して、辿り着いたのが、この久保本家酒造でした。

蔵元さんもまだ若く、銀行を辞めて蔵に戻ったばかり。ここでも車の両輪がちょうどうまく動き出しました。

自分が飲みたい酒を追求する杜氏と、その杜氏を存分に働かせている蔵元。

有名な『生酛のどぶ』は全くの偶然から生まれたお酒です。杜氏の

以前からの知り合いが蔵を訪問した時、まだ何も搾ったお酒がなかったので、もろみタンクからお酒をすくって、これをそのままお燗にして飲ませたのが始まりです。

これが思いのほかおいしかったので、生酛造りのにごり酒として市販されること になりました。

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