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坂本杜氏 特別インタビュー  in  鷹勇

このインタビューは、平成10年1月21日、鷹勇に行った際に行いました。


この年、鷹勇では久しぶりに山廃造りを復活させ、そのあまりの見事さに仰天したため、坂本杜氏に酒造りのことなどをお聞きしたいと思い、吟醸造りで忙しい中を時間を割いていただき実現しました。


坂本杜氏とのやりとりを、そのまま再現せず、杜氏の話しをまとめる形で構成しました。


質問の内容は、各段の冒頭に簡単に記しておきましたので、御理解いただけると思います。


なお、()の中は、理解しやすいように、編集時に挿入したものですが、読みづらくならないよう、最低限に留めたつもりです。



山廃をもう一度造ったきっかけ
みなさんから、ぼくの山廃を飲みたいという要望があった。それが一つ。


それから、もう今になってね、山廃を造る人がいないでしょう。若いおやっさんは。

造る方法を知らないんです。だから今ごろみんなに、うちの連中に教えといてやりたいというのがあったです。
昔の山廃はこういうもんだということをみんなにやっとけば、また後で、わしらがおらんでも造るかなという。


今こういう時代ですからね、やっぱり、どうしてもこう、新しいもんではなくして、昔の造りを、という人がだいぶおるようになりましてね、そういうことから一つ山廃を造ってみようという。3~4年前から考えておったですよ。


なかなか設備の都合がありましてね、ある程度、山廃を造るということは昔のような造りでは今はできないです。


ということは、手をかけないかんでしょう。みんなね、暖気樽を入れて、すぐ氷を入れて、冷ますようなやり方をしますとね、もうみんなついてこんようにな る。

もう一日中それにかかるようになる。それではもうとてもやれんからね、部屋を別にして冷房してもらって、社長に。それから考えんと。


部屋を5度なら5度にしよって、暖気樽を入れて上げると、また温度が下がってくる。

そういう一つの理想に部屋をもってきとかんと今はできないという。昔の ように造って、手間をかけてねえ、やる時代までではいけんということ。気がするから、そういうことも全部整えてから山廃をやる。


だから山廃のイメージが少し違うということ、さっき言ったように昔の山廃と今の山廃では、今の山廃はきれいだといったでしょう。昔はどうしてもがわ(?)も汚 い、そうして温度をあげて、低くならな氷を入れるでしょう。そうすると、どうしても、あれをかまうことが多いわねえ。そういうことからどうしても、そうい うことになるから。


それと、昔は白(はく・精白部内のこと)が黒かったから、少々乱暴しても良かったんです。乱暴と言うと語弊があるけど、ちょっとあれが違うと思うけど、そ うしても、ぐらいが良かったけど、今、そんなことすると50%まで白を磨いてるとねえ、もう、どろんどろんに溶けてしまう。

モト屋さんにも言ってるんですよ。櫂入れはさせにゃいけんし、あまり櫂を入れると溶けるしということになるわけで。


櫂で溶かすな、麹で溶かせって言ったですけどね、それが本当は理想ですよ。

だけど、あれは櫂で溶かすとおんなじことですよ。

生もとで擦るでしょう。あれは 昔は色が黒かったから、なかなか溶けにくかったんです。

溶けにくいと早沸きしてしまうから、こうして擦ったもんです。


大七で伊藤さんと話した時も、白が黒かったから擦ったもんじゃないですか、ときいたら、僕は若いときから擦るもんだと思ってた、と言われたけれど、あそこでは生もとということを強調されるからねえ。


考えてもみなさい、白の黒いもんに麹菌をつけてね、完全に入っとらへんわね本当は。昔は。

あそこの、今の造っとんの、全然違う。

それだから擦るし、僕らは山廃で、みんな突いたんですけどねえ。

ものすごい突きよったです。
最初に荒櫂を入れる時にも何時間です。なかなか、ならんから。

夜も寝る前にまた擦って、三人か四人で突いたです。

それで晩の9時、12時、3時に起きて突 かんならん。

(タンク一本につき)100本位突かんならんでしょう。

それが(タンク)6本か7本ありますとねえ、30分以上、小一時間かかるですよ。

早く 帰るとねえ、「坂本君、ゆうべは早かったね」(笑)
それだけ、時間が長かった。

それで膨れることがある。最初、膨れるだ、それが。

?が足らないから後で櫂入れが不足してそれやる。そんなことないだわ。

僕が判らん時ですからね。今だったら、そんなことやっちゃすぐなるけど全然知らんから、ほんにそうかと思うて一生懸命突く。

それで一年でもう酒屋やめたいっ て。もう親父に手紙出して、もうやめるって。


途中で帰る、って言ったら、途中で帰ることはいけんて。

こんな商売じゃなあても食われるって。うちの親父も杜氏やっとったです。

平田の世界の花という酒屋 で。そこは通勤もあるような蔵ですけんね。

うちからなんぼ、十五分、車で十五分位ですけん。一番近い酒屋さんで。

・・・やだと思ったのがもう五十何年。


酒造りを面白いと思ったのは・・・
そら、代司(麹造りの責任者)の時もやることはやっとったけんど、実際に酒造りが面白くなったのは、杜氏になってからかなあ。


まあ、わしが杜氏になるのが早かったからね。二十八で杜氏になったから。


代司の時もやることはやったですけど、杜氏の資格試験を受けたのは二十二だったですけん。


出雲杜氏の中にあったんです。今は国家試験があるけどね。

出雲杜氏の中で、こう、先生を呼んでですね、学科と口頭試問と実地とあって、それを全部通らんこ とには杜氏になれんかったんですよ。

それを、何点以上とってね、300点満点だとせめて250点くらいとらんとなれんから、だけん受けたもんの半分以上落 ちよったですよ。

10人受けますとね、3人か4人位受かるというかっこう。なかなか難しかったですよ。


僕が二十二の時に受けましたらね、おい、お前もう杜氏やる気かよ言うて、みんな年がようけの人ばっかりでしょう、三十なんぼの。

僕は勉強に来ました言うたらね、それならええって(笑)どういう試験か勉強に来ましたって言うた。


山廃の特徴について
昔の山廃のイメージだったらね、あんた方飲まんと思う。飲めんと思う、あまり酒が汚くて。


やっぱり、もうこれほど、この吟醸でも相当きれいな酒飲むような時代でしょう。

わしゃ、それにマッチした山廃でなきゃいかんという気持ちは持っちょって、だからもう最初から50%で。


50%で山廃やるかと、皆さん言われたんですよ。

だけど、50%で山廃やってみて思ったけど最初から50%へもってきたのはある程度皆さんに引きつけるものがあるということが大事でしょう。

だから白の高いもんからもってきたんですよ。


だからその、昔のイメージと違ってることはもう事実。

だけど、山廃にはねえ、押しというものが強いでしょう。

一つ、ものすごい、こう力強いというのか、こ れは出せるというのは、もう絶対に思っちょったから、それでわしゃ、もう、成功だと思っちょる。


やっぱりこう、山廃は少々ここに置いといてもなんとも崩れんでしょう。

やはりそこが一番大事と思っちょるですよ。

普通もんですとね、崩れるんですよ。山廃ばっかりは本当、絶対崩れん。

それで山廃のあれがあると思う。


だけどね、昔のようなの、今でもあるですよ。香り立ちに出る。

これが山廃ですいうのがあって、もうあれは太すぎるだわ、わしに言わせるとね。

そら、60%なら少しそうなるかもしらんと思う。


酵母について
やっぱりね、酵母の習性というかね、やっぱり7号の方が食い切りがいいんですよ。

糖分を食うことは7号はいいんですよ。


野内さんも7号がいいって言われるけど、それは、現在9号の時代でしょう、時代が。

それで9号もやってみたんです。


だから、あなたのように7号がいい、という人もおられるが、9号がいいと言う人もあるんですよ。

それで、今年は7号だけにしてしまおうか、という感じがし て、社長も7号だけにしてしまおうか、と言われるんで、それでもええですよと言ってたんですよ。

けど、てんてんと聞いてみると9号も悪くないと言う人もあ るもんだから、今年9号も一本造ったんですけどね。


本当に素晴らしい、醪の経過だった。

醪の泡なんかねえ、こう、きれいな泡だった。

 

 

現在は杜氏を引退されてしまった坂本杜氏ですが、私はこの方のお酒を知ったことで日本酒(純米酒)の素晴らしさ、奥深さを教えてもらいました。

本当に腕の良いおやっつぁんでした。

以前に聞いた事がある話です。

「うちも桶売りが長かったけん、どんな酒でも造れるですよ。アルコール度数、日本酒度、酸度。どれでも言うてくれれば、その通りの数値の酒を造れるですよ。」

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