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私はこうして純米酒にハマった!私の純米酒ストーリー

当店のお客様にお願いして、純米酒との出会いを語っていただきました。

我は如何にして純米酒に嵌りしか(山口こまてる)

私がアルコールと出会ったのは、もう四半世紀も前の話だ。
オバカな学生だった私達には、酒は酔う為以外の何ものでもなかった。
最初に覚えたのは、味でも飲み方でもない。酒の吐き方だ。
体育会系の寮に寄宿していた私達の飲み会は、必ず人数分の一升瓶(安い焼酎ダ!)が準備され、
それを呑み尽くすまでお開きにならない。
所謂蛮行そのものだった。
イッキは流行ではなく、義務だった。
酒の吐き方を教えてもらっていなければ、文字通りここには存在していないに違いない。

余談だが、このアルコールで胃を洗う技は、営業職に就いてからは重宝した。
人生、何が幸いするか分からない。

当時の日本酒は、貧乏学生には高嶺の花の飲み物だった。
なにせ、一升900円の焼酎が定番の我々。
キープのある焼き鳥屋には岩倉具視一人連れていけば充分。
伊藤博文さんならおつりが来るほど呑めた時代(というか、そんな店しか行けなかった)。
そんな時代に、日本酒を呑めば確実に聖徳太子様に羽が生えるのだ。

アルバイトで懐が潤ったある日、一寸呑んでみようと思い立った。
その頃の日本酒といえば、九州ではなんといっても×××。期待を胸に一口。
・・・甘い。やたらべたべたする。燗にするとむせる。
まあ、1杯や2杯では良さは分からないのかもしれない。酔うまで呑んでみた。
・・・翌日1日を棒に振った。死ぬかと思うくらいの頭痛と吐き気。
日本酒は体に合わない、と思いいたるに充分な経験だった。

さて、焼酎は嫌い。日本酒は合わない。ビールもさして旨いと思わない。
ウイスキーやコニャックは旨いけど高すぎて手が出ない(出せる酒は不味い)。
でも酔うのは好き。ほおら、酒は酔う為の物じゃん。

それからの僕は、酔って陽気に騒ぐためにアルコールを呑んだ。
それなりに楽しかったけれど、それ以上でもそれ以下でもない時代が長く続いた。
営業時代は、酔うのも仕事のうちだったし。

閑話休題
仕事以外でアルコールを口にすることがなくなってから早10年。
マンションを買った。転勤もなさそうだし、会社の寮は出なくちゃならないし。
賃貸で払う家賃を考えると、買っても同じかなあ、と。
新居で迎える初めての新年。
お屠蘇の祝い代わりに、なにか相応しい酒で新たな年をスタートしたい。
ワインやシャンパンでもいいけど、どうもそれでは日本の新年とは言い辛い。
まあ、お祝いって事で、旨い不味いは言わずに、日本酒を見繕うか。
で、出会ったのが『○○ △』だった。
今まで日本酒に抱いていたイメージとはかけ離れた華やかな香り。
キン! と冷やしてなお感じる仄かな甘みと余韻。爽やかなのみ口。
酒単体で充分に心揺さぶる、そんな「大吟醸」との出会いだった。

それからは良酒の基準は心踊る華やかな香りとなった。
YK35、そんな言葉も覚えた。高い精米歩合が良酒を保証する第一基準となった。
酒は口開けから劣化が始まる。そう信じた。
上等な酒は、冷蔵保存しなければならなかった。火入れは酒をダメにすると考えた。
一升瓶は無駄だと本気で考えた。だって、一度に一升飲める奴なんか、そうそういない。
気になる大吟醸は片っ端から飲んでみた。

・・・金が続かない。
・・・で、2年で飽きた。

まあ、日本酒って奴もワカッタし、美味しいし、それなりの感動はあるけど、
普段飲むには高いよね。正月だけで充分かな。
と思い始めた頃、ネットで見つけた酒販店に気になるラベルが。
最初は記録のつもりで始めたラベル収集だったが
(流石に瓶はとっておけないので)いつしかラベル買いに走るほどのラベルフェチになっていたのだ。

その酒は『日置桜 生酛強力』
まあ、日本酒は一通りの結論を得たし、最後に一升瓶を買って〆るというのも、
一升瓶の存在意義を確認する上でも有用かも、と思って買ってみた。
そこへ酒販店の店長から悪魔の囁きが。
「このお酒を造った加藤杜氏が新しい蔵で造った生酛純米のにごり酒がありますが、こちらもご一緒にいかが?」
ええ、買いますとも。
これが後に僕を冥府魔道に導く『生酛のどぶ』との出会いとなった。

生酛のどぶ、解ってはいたが、にごり酒だ。当時の僕の常識では、要冷蔵酒の最たる物だ。
早く飲みきってしまわなければ! ダメにしてしまう!

という訳で、最初に開ける酒は『生酛のどぶ』に決まった。
だって、我が家には一升瓶を入れておける冷蔵庫はない。

? ??? なんじゃこりゃ?

不味くはないけれど、味も無い。この酒、にごりじゃなかったら飲めないんじゃないのか?
第一命の香りが無い。スイスイ飲めるけど、なんだかゴハンも欲しくなる。
変な酒だなあ。
翌日、 ? なんだか味が変わった。昨日無かった甘みが僅かにある。何故?
更に翌日。おんやぁ? また味が変わった。なんか昨日にもまして口当たりが良い。
オカシイ。酒の劣化は始まっているはずなのに、口開けよりも旨くなっている気がする。

・・・結局、飲みきるのに5日かかり、5日目が最も旨かった!
ありえん! 僕の今までの研鑽は何だったんだ!
これはもう1本頼んで検証しなければ!
杜氏 加藤克則。この人が醸す酒がそうなのか? それとも生酛がそうなのか?

『生酛のどぶ』2本目。(同じ酒を2本買った初めての酒でもある)
考えてみれば、大吟醸を呑み漁っていた頃は、
どうしてももう1本買って飲みたい酒には出会わなかったのだなあ、と、今になってしみじみ思う。

どぶ到着と同時に酒販店から不穏なメールが。
「温めても美味しいですよ」
ハァ? この人はナニヲ言っているのだ?
良い酒は冷やして飲むものでしょうが!

だが、待てよ、ことごとく僕の常識を覆した酒が。
もう日本酒もこの辺で終わりにするんだし、物は試し、やってみるか。

!!!!! あり得ん! 旨い!

味が無いぜって思っていた酒が、蕾が膨らむように旨味を増す。
ゴハンを噛み締めて食った時のような甘みが顔を覗かせる。

冷やで5日かかったどぶは燗では3日でなくなった。なんと危ない酒だ。
日を追って増す旨味を検証するはずがトゥルトゥル飲み干してしまうなんて。

そして、今まで呑み漁っていた大吟醸達と、明らかに異なることが。
食べ物が無性に欲しくなるのだ。それも、美味しい食べ物が。
しかも、ゴハンと一緒に飲んでも全く問題ない。つまり、夕食のお茶(または水)代わりに飲めるってことだ。
そして、酒を飲まない夕食では絶対にありえない余録、それは食事終わりにはほろ酔い気分になってるってことだ!

この年になるまで、酒を”食事と共に楽しむ”文化を持たなかった僕。
酒は、それ単体で楽しめるモノが良い酒であると信じて疑わなかった僕。
それ故、晩酌文化に懐疑的だった僕。
食中の酒はアクセント。だから、食事の邪魔をしなければ良い。ビールで充分。
というか、飲む必要はナイじゃん! と思っていた僕。

そんな僕が『生酛のどぶ』1本に吹き飛ばされた。
酒一本で大げさな、と笑うなかれ。コペルニクス的転回だったのだ! 僕にとっては。
これは、酒は温めてやれば、その真価を発揮するのではないか?
我が家の冷蔵庫に大事に仕舞っていた四合ウン千円也の大吟醸を、片っ端から温めてみた。
・・・ゴメンナサイ! のめましぇん! 私が悪うございました!
どれもこれも、へんな匂いがする×××級じゃん!

世の中には、温めてはいけない酒が存在することを初めて知った瞬間でもあった。
僕が今まで良酒と信じてやまなかった酒は、温めてはいけない酒だった。

そして良い酒は冷やして飲んでいた僕であったはずなのに、
酒の良し悪しを温めて飲めるかどうかで判断するようになってしまった。

それからは坂道を転がり落ちるように冥府魔道に迷い込む。
快刀乱麻の切れ味鋭い鷹勇と出会い、どこまでも真っすぐな天穏・馨と出会い、
どこまでも旨くなる旭菊・綾花で開栓放置の楽しみに目覚め、
日置桜に美学を感じ、可憐な鯉川と出会い、羽前白梅のしなやかな硬さに溺れ、辯天娘の初々しさに惚れた。
竹鶴の秘めた猛々しさを楽しみ、扶桑鶴の柔らかさに包み込まれる。
しかも、毎年。今年の酒はどうだ? なんて楽しみまで覚えてしまった。

年々歳々花相似 歳々年々酒不同

あああ、呑み尽くせない。でも呑み尽くしたい!
これを餓鬼道と言わずして何と呼ぶ?

しかし、燗酒に出会った僕の、今一番の財産は、同好の士との出会いと、
思う様好みの酒を楽しめる人と場を得たことだなあ。
まあ、彼等との出会いは、又別の話。

同じ酒が好きだというだけで、生活環境も年齢も地域さえも越えて飲み友達になる。
ものすごく狭い世界で生きてきて、更にものすごく狭い世界にはまり込んだ気がするのに、世界が広がってゆく不思議。
燗酒ワールドはブラックホールだ。光さえも飲み込み、時さえも越える。

さて、僕は、そんな無間地獄に落ちてくる若人を、穴の底から眺めることにしよう。
僕をここに引きずり込んだ『生酛のどぶ』に溺れながら。


私は如何にして酒呑みとなりしか(窪田俊行)

六年ほどまえの某夜、とある居酒屋で銘柄が幾十と並ぶ酒の品書きにビビって私は平静を装って言った。

「何か辛口の良いやつありますか?」

すると店主は

「そこにあるのみんな辛口だよ。それにただ良いやつったって色んなタイプがあるんだから、お客さんの好みを言ってくんないとね」と、にべもない。

仕方無く『すいません、ビールで良いです』とあやまり、その一本を呑んでそそくさと店を出た。
以後に度とそこの暖簾をくぐったことはないが、一年ほどしてから通りがかりに様子をうかがうと、
もうなくなっていたので、まあ一勝一敗だなと思うことにした。
それにしても我ながら間抜けなことを言ったものだが、
実は、この頃の私は、酒をうまいと思って呑んでいた訳ではなかった。
学生時代はビールの爽快、ウイスキーの重厚、ジンの洒脱、
それぞれに気をひかれていて、他に呑むものがない、という時以外は、まず酒を口にすることはなかった。

あの、アルコール臭がツーンと来る、ベタベタと甘い他はただ平板なだけで何の味もしないために、
口にいれたとたんにそんなものを呑んでいる自分が情けなくなってしまうようなアルコール飲料を進んで呑む気にはならなかったのだ。
しかし、友人の中にはそういった酒を好む者もいて、彼らを横目に見て、
よくあんなもん呑んでるかと思う反面、やはり日本酒ならば国酒たる清酒を呑むべきだ、
という観念も自分の中にあって、酒呑みの友人達をうらやましく思っていた。

ところがある日、ふとしたことで純米酒という言葉を聞いた。それに付随してアル添とか三増という言葉も知った。
「なーんだそうだったのか。今まで偽物呑んでたんじゃん」と思った。
そこで早速純米酒というのを買って来て呑んでみた。
ショックだった。やっぱりまずかったのである。
その時頭をよぎったのは、コーラを初めて飲んだ日本酒は、
一様に薬臭くてまずと言ったという事実と、ビールを初めて呑んで、
こんな苦いもんどこがうまいのかと感じた自分自身の体験だった。
無意識のうちにも「初めからいきなりうまいわけがない。
そのうち慣れる日が来る」と思い込もうとしていた訳で、その瞬間ドロ沼に踏み込んだしまったと言って良い。

つまり、私の場合吟醸を呑んで目からウロコが落ちたり、
誰かにひきずり込まれたりした訳ではなく、
純粋にイデオロギーから酒の世界に入ったのだった。
全くの手探り状態だったので、とにかく知識と情報が欲しくて本を探して読みあさった。
酒はデパートへ行ってズラーッと棚に並んでいるうちから純米酒と書いてあるのを手当たり次第に買って来ては呑んでいた。

そうやって半年も経った頃、ふと立ち寄ったコンビにでマンガ雑誌に『夏子の酒』というタイトルがあるのを目にして手に取り、パラパラとページをめくっていくと、夏子のこんなセリフに突き当たった。

「こ、こんなのお金を出してのみたいと思わない! 平べったくてベタベタして炭のにおいとぬかのにおいがプンプンしてて・・・これが純米酒なの?」

どえらい衝撃だった。何のことやらさっぱり判らなかったのである。炭のにおい? 
ぬかのにおいって? この時ぶち当たった壁は実に高かった。正直言ってもういいと思った。
「判った、俺が悪かった。この世界などは自分が立ち入ってはいけない世界だった、もう降参しよう」と。
しかし、そうしなかったのは当時入れあげていたオネーチャンがかなりの酒呑みだったという切実な理由によるもので、
言ってみればl今日の私が有るのはひとえに色欲のなせるわざであったということになる。
まあ、それはともかく、何とか立ち直り、いくばくかの知識も得、
電話帳で探した地元の酒販店へ通うようになて、
デパートでは酒を買わなくなった頃、どんな酒を呑んでどう思ったかを記録につけることを始めた。

今読み返してみると、素直にうまいと思ったこともあれば、
うまいのかどうか良く判らずに悩んだり、
有名な銘柄なのだからうまいに違いないと思い込もうと努力したりと、
試行錯誤の跡がうかがえて面白い。

例えば自分の姓と音が同じで字が違うあの有名な酒を「あまり冷やさない方が良い。
冷蔵庫から出して三十分置くと香りのひろがりが良くなる。辛口の良い酒」などと評してある。
今の自分であれば、こんなことを真顔で話す人間とは口もききたくないところだが、
当時は客観的な評価も出来ないくせに、何とか酒に気に入られようと懸命だった。
しかし他方では、その年のある雑誌のコンテストで一位になった酒を呑んで「NG、品のない薄っぺらな香り、
だらしない味」と書いていたりもするから、まるっきりのミーハーでもなかったようで、
嗜好が確立する途上に居たのだと言えよう。

冒頭の出来事がこの頃の話である。
自分の好みが自分でも把握出来ておらず、
酒の香味に対する語彙も乏しかったところへ持って来て、
例の銘柄列挙の品書きであるからたまらないっす。

すっかり逆上してしまい、普段から半可通が使うものだと軽蔑していた「辛口」という言葉に逃げ込んでしまった。
店のおやじも偏屈だったが、こっちも自業自得みたいなもので、夜風に吹かれながら「俺もまだまだだな」と思ったのを覚えている。
そうやってあっちへ行ったりこっちへ転んだりしているうちにも好みの酒もいくつか出て来たが、それらは全て純米酒だった。
もともとが純米酒から入った世界だったから当然といえば当然なのだが、それにしても生酒が甘くてくどく、アル添の大吟は香りが鼻について好きになれず、何故人々は大吟大吟と騒ぐのだろうかと不思議に思っていた。

その疑問が氷解したのは、四国のとっても有名な蔵の大吟醸を呑んだ時である。
華やかだが品を失っていない絶妙な香り、口の中に花を咲かせて消えて行く時の硬質で気高い味わい。初めてアル添の酒をうまいと思った。同時に何かが吹っ切れた。
ついに開眼したなどと言えば芝居がかってしまうだろうが、この出会いによって自分なりの酒に対する評価の基準が出来たと思う。
俄然、酒が楽しくなった。アル添の大吟醸を楽しむことも、生酒をそれなりに評価することも出来るようになった。
振り返ってみればこの時期が一番良かった。
味の多い酒も、カプロン酸がぐわーと攻めて来る大吟醸も、まだ出来損ないみたような重ったるいだけの純米も、何でも呑めた。
そしてそれぞれにうまいと思っていた。

そして不幸はじわじわと、しかし確実にやってくる。

年上の友人に酒販店をやっている男がいるのだが、彼の店に通うようになってから再び好みが変化し始めたのである。
まず、やたらな生酒を口に入れることが出来なくなった。
次に味の多い酒を受けつけなくなり、そしてアル添に顔をしかめるようになった。
最近では吟香がちょっと派手だともうこれだけで憂鬱になることがある。

今どんな酒が呑みたいかと問われれば「ほのかな吟香とほどよい酸があり、
軽快だが米の甘みが十分かつ繊細に表現されている、後口のきれいな純米酒の、良い具合に熟成したやつ」と答える。
この先も好みはまだまだ変わって行くのかもしれないが、
今のところ酒は純米に始まって純米に終わる、という気持ちである。
それにしても限られたいくつかの酒ばかりを呑み、
たまに他の銘柄を試してみては首をひねっている現在の自分は、
この世界に入り込んだ当初と全く同じである。

ふと、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』という小説を思い出した。
主人公の精薄児は手術によって高い知能を得るが、
その治療法が完璧なものではなかった為、結局また精薄に戻ってしまった。
私は洋酒から純米酒へ宗旨替えし、一時はアル添や生酒に近づいたが、
再びそこから離れ、今では吟香さえ遠ざけつつある。
そしていつの日にかまた、洋酒の世界へ変えて行くことになるのだろうか。


美味しい日本酒が飲みたい(三枝政幸)

私が、日本酒を自腹で切って飲むようになったのは6、7年前からであろうか。

宴会では「燗」をしたときの臭いと献酬が嫌いなので日本酒は今までほとんど飲まないが、
家ではウイスキーよりも冷やで日本酒を飲むことのほうが多い。
旅先で飲んだ日本酒が美味しいので買って帰り、あの味をと期待すると、
ほとんどが別の酒かと思うくらい違うことが何度もあった。

でも、神社である種緊張している時にいただく日本酒は、
特別高価な銘柄ではないと思われるがおいしかった。
巷間話題になっている日本酒を飲んでみたが、私にはそう美味しいとは思えなかった。
自分の舌がおかしいのかな、と思いつつも美味しくないものは美味しくない。
金を出すのは私だ。もっと美味しい酒があるはずだ。
しかし、今イチだ。家で美味しい日本酒が飲みたい。

こんな絶望感のおり、娘をとおして知り合った近所の吉岡さんから「杜氏の詩」をいただき美味しかったお礼を言ったところ「日本酒が好きなら今度、家へ来て下さい。美味しい酒がありますから」とお誘いをうけ、お邪魔した。
九州の酒、鳥取の酒をきき、あまり聞かない産地だなあと思いつつ飲んだところ、
これがさわやかな美味しさで、以後、日本酒の奥深い世界にはまり込んでしまった。

上乃宮会に参加して1年弱、歯に初めから衣を着せる気など毛頭なく、
自分勝手な消費者として至極当然な美味しい日本酒が飲みたいという願望からほとばしりでる、
槍でえぐるような批評を聞いていると(蔵元を前にしてここまで言うか)私の自制心てなんなんだろうと疑問をもってしまいます。(もっと言え、言え)

ある方は、言っていました。外では、日本酒は飲みません。美味しくないから。
ある人は、言っていました。美味しい日本酒を飲んで行くと結局のところ飲む酒が少なくなってきてしまう。
悲しいから、現時点では至言であろう。

もっと、もっと沢山の種類の日本酒が飲みたい。
美味しくて、産地の風土と造り手の意気込みが伝わるような日本酒が飲みたい。

戦後、堕落した日本酒の世界からの決別を宣言した蔵元と杜氏の造り手。
美味しい酒を紹介し、供給する池田屋さん。(近くに酒屋さんがないとお酒が飲めませんもの)
そして、美味しい日本酒が飲みたいと言い続ける私たち飲み手。
この緊密な緊張関係がお互いを育てるのだろう。

池上さんが、お奨めの品を聞かれて、考え込まず日本酒のソムリエのごとく推薦できる酒がたくさん集まるような時代が早くきますように。


私は如何にして純米酒にハマったか(店主:池上徹)

当店は代々酒屋を生業としていまして、私で五代目となります。創業は明治初年頃らしいのですが、私の父さえ、はっきりとした年代は知りませんでしたので、「創業○○年」と書けないんですね、これが。

閑話休題。学校を卒業して店を手伝い始めたのですが、全く酒屋という仕事には興味が持てずに、毎日惰性で仕事をしていました。

そんな私が日本酒にハマってしまったのは、ちょっとしたきっかけでした。

それまではワインが好きで、ワインばかり飲んでいたのですが、ある知人の女性に「お酒を造っているところを見たい」と言われ、先々代からのつきあいのある、埼玉県内の酒蔵に連れていったのが、そもそもの始まりでした。そこで生まれて初めて「吟醸酒」なるものを飲ませていただき、あまりのおいしさに感激!

日本酒だって、変な臭いがしたり、甘ったるいのばっかじゃないんだ!これは凄い! 

よし、今度これを扱おう!!(知らない、ということは、ある意味とても幸福なことです)

ということで、さっそく、その吟醸酒を、これまた古くから付き合いのある割烹料理屋さんに持ち込み、そこの御主人と板前さんに、「こんなおいしいお酒があるんです! これ、扱いませんか?」(本当に、無知は力なり、ですね)

そこで、私の持参した吟醸酒を味見してくれたお二人は、店の冷蔵庫から、2種類のお酒を取り出してきて、お猪口に注いで、「これ飲んでみな。」と一言。

で、その2種類のお酒(一つは本醸造、一つは純米酒、とラベルに書いてありました)を飲んでみると、私が持参した吟醸酒が、一番、見劣りしたんです。

正直、無茶苦茶ブルーになりました。本醸造や、ただの純米酒の方が、この吟醸酒よりおいしいじゃん。どうなってるんだ、これは?

まぁ、それからは取引のある問屋から、片っ端からお酒を仕入れてみました。そして、休日のたびに都内のデパートを巡って、知らない銘柄のお酒を買い集めて、片っ端から飲んでみました。

各地の試飲会にも出かけて、北から南まで、様々なお酒を飲みましたし、そこで知り合った酒蔵さんを訪問するため、あちこち旅をするようになりました。

そんなことを1年もやっていると、段々と、自分の嗜好も分かり、日本酒というものも朧げながら、全体的なイメージも出来てきました。そうすると、くだんの割烹料理屋さんでもお酒を扱ってくれるようになり、その頃は、それなりに幸せでした。

しかし・・・不幸はじわじわと、しかし確実にやってくるのです。足音も立てずに、静かに、しかし、じわじわと・・・

あれはおそらく平成2年頃だったと思いますが、私の知人が神亀さんを知っていて、その頃、いろいろな吟醸酒を探し歩いていた私に、埼玉県の蓮田市に、変な造り酒屋があるけど、行ってみないか? と誘ってくれたのです。

え~蓮田~? うちからすぐだけど、そんなとこに酒蔵なんかあるのかよ? 程度にしか思いませんでしたが、その方の顔を立てるつもりで、連れていってもらったのでした。

が、車で到着した場所は、薮、というか雑木林というか・・・それまでにも幾つかの酒蔵は訪ねていましたので、白壁の蔵が並んでいるような場所を想像していた私は、非常に不安な気持ちになったものです。

最近でこそ、周囲に住宅や公園も出来てきて明るくなりましたが、初めて訪れた頃は、本当に薮の中にあったのです。

その雑木林の中を歩いていくと、これまた悪いけど、きれいな、とはお世辞にも言えない建物があって、その中にいたんですね。この蔵の主が。

まずは一通りの挨拶をすると、壁にたてかけてある箱の中の、ほこりだらけの一升瓶(純米大吟醸というラベルが貼ってあった)を数本選んで、ポンポンと栓を開けて味見させてくれました。が・・・

まず、色が凄い。山吹色というのでしょうか。まっ黄色です。その色にも驚きましたが、また味がびっくり!

なんだこれ!? 純米大吟醸じゃないのかよ、これ?

とってもゴッつい酸があって、なんか香りも老ねたような独特の香り(ってぇか臭い)があって、正直、一口でもう勘弁してくれ、と思いました。

が、くだんの専務は、ストーブの上で湯気を上げている薬缶の中に、徳利に注いだ、その純米大吟醸を入れて、時計を見つめだす。

「うん、この温度なら、この時間だな」と言いながら、お燗のついた純米大吟醸をお猪口に注いでくれました。

内心、え~? またこれを飲むの~? それもお燗で~?
これって純米大吟醸だろ、なんでお燗にすんだよ、わけ分かんね~な~、このオヤヂは・・・
と思っていると、更に追い打ちをかけるように、こう言うのです。

「うちの大吟醸は、お燗にするとゴルゴンゾラ・チーズに良く合います。」

は? ゴルゴンゾラ・チーズ?

純米大吟醸をお燗にするだけでも、はぁ? なのに、ゴルゴンゾラ・チーズぅ?全く、何言ってんだよ、このオヤヂは・・・と思いながら、そのお燗にされた純米大吟醸を、仕方なく一口飲んでみたら・・・

そこには、今まで全く知らなかった至福の世界が広がっていました。(今、冷静に考えると、あそこで引き返していれば、もっと楽ちんな酒屋ライフを満喫できたかもしれないって思います)あの老ねたような臭いも消え、いや、かぐわしい香りに変わり、ゴッつい酸の強かった味は、見事にまろやかになり、全体が調和しているではありませんか。

これなら、本当にゴルゴンゾラ・チーズに良く合うだろうな~、いや、こりゃうめ~!

下手な白ワインなんぞ、足下にも及ばない馥郁とした香味。

しかしそれは、香り高い吟醸酒とは全く対極の世界でした。でも、それはそれはものすごい衝撃でした。

もしかしたら、このオヤヂ、いやこの方は、とんでもなく凄い方なんではないだろうか? と後光さえ射しているように思えてきたのです。(うっ、眩しいぃ~)

こうして、神亀さんに教えてもらった純米のお燗にハマってしまい、専務に嫌がられながらも、度々蔵にお邪魔していろいろと話を聞かせてもらいました。

そして、さらには『ここに美酒あり/後編』を出版された箕浦淳一氏にこの蔵で出会い、彼に誘われるままに鳥取で上原先生に出会い、さらには福岡も経巡り、すっかり、お燗がおいしい純米酒にはまったしまったわけです。

神亀さん~上原先生へと繋がる酒蔵のお酒を味わってしまったら、もう後戻りは出来ませんでした。

香りのあるお酒も嫌いではありませんが、香りだけが高いようなお酒は飲めなくなってしまいました。

それに我が師匠、上原先生に教えていただいた、「究極の品質判定法」(これを知りたい方は、是非、『間違いだらけの日本酒選び』をお読みください)で、今まで扱ってきたお酒を判定してみたら・・・これがまぁ、見事なくらいに、ほとんどのお酒がボーダーラインを超えられなかったんです。

いったい今まで、何をやっていたんだ俺は・・・

そして、この判定法に合格できる品質のお酒を選んでいたら、いつの間にか、当店の棚には誰も知らない銘柄のお酒ばかりが並ぶようになりました。

当然、お客さんは誰も手を出そうとはしません。店に入ってくると、大抵の方は遠巻きに冷蔵庫を眺めて、そそくさとお帰りになられます。

当たり前ですよね。反対の立場だったら、私だって絶対に手を出していないと思いますもん。

店にいらっしゃるお客さんは、大抵、新潟や北陸の有名銘柄などを希望されるようですが、当店では扱っていませんし、扱う気もありませんでした。

ましてや、吟醸酒をお燗にして飲め、などという店主のいる店は信用出来ないと思われたのでしょうか。

今となっては分かりませんが、自分で全国を回って探してきたお酒を手にとってくれるお客さんは、ほとんどありませんでした。

平成3~4年頃、当店のある関東圏で、「神亀」「鷹勇」「扶桑鶴」「黒田城・大手門」「旭菊」「庭の鶯」「三井の寿」「羽前白梅」といった銘柄を知っていた方はどれくらいいらしたんでしょう。販売している自分でさえ、つい半年前まではぜ~んぜん知らなかった銘柄ばかりです。

そりゃ、誰も知らないですよね。(私だって、地元の神亀さえ知らなかったんですから)

それでもめげずに、誰も知らない、これら山陰や福岡のお酒を扱っていました。

そのうち、絶対に分かってくれる人が出てくる。

今は誰も知らないかもしれないけど、無茶苦茶おいしいし、値段だって品質から考えれば信じられないくらい安いし。

一度飲んでもらえれば、絶対に分かってもらえる。そう思っていました。

だから、今はこんな状態でも、あと半年もすれば・・・うっしっし、売れて売れて売れまくっちゃうぞ。

店の前には開店前から列が出来ちゃったりして。で、整理券なんか配っちゃったりして・・・な~んて想像して。単なるバカですね。

でも、バカはバカなりに幸せでした。自分の大好きなお酒に囲まれていましたし、想像するのは自由ですし。(というか、妄想ですね、あれは)

でも実際、私の口車に乗って、一度飲んでくれたお客さんは、ほとんどの方がリピーターになってくれたんじゃないでしょうか。(口車に乗って良かったでしょ?)

純米酒こそ、おいしいお酒こそ、お燗で飲みましょう! という私の言葉を信じてくれたお客さんが出始めた時の嬉しかったこと。(家内と二人で、今日は××が一本売れたね! なんて会話をしてました)

でも、もうその頃には妄想はしていませんでした。現実の厳しさってやつが身にしみてましたし。バカも、バカなりに学習するもんです。

そこで私は、さらなる奥の手を繰り出しました。それが今では『放置プレイ』として人口に膾炙されている、あの栓を開けてほったらかしにする技です。(技かな?)

この『放置プレイ』のヒントは、ワインを専門に扱っていらっしゃる酒屋さんの話でした。

その方はワインを一ヶ月前後かけて飲むのだそうです。そうすると、ヴィンテージなぞに関係無く、どんどん味が変化していく。それを自分の舌で覚えておくんだ、という話を聞いて、あっ! その手があったか~ それ使えるわ、と思ったのがきっかけです。

そこで「このお酒はね、せめて一週間。一週間は待って下さい。それからお燗にして飲んでいただかなければ、本当のおいしさは味わえませんぜ、旦那」な~んて言い始めたんですが、これは、けっこう素直に受け入れてもらえました。

そのうち、お客さんの方から、
「これは何日くらいで飲める?」な~んて聞いてくれるようになってきました。
また、時々は「すぐに飲めるの頂戴。も~今日じゃなきゃ駄目! すぐに飲めるの! も~待てない」なんてリクエストもあります。
でも、長かったな~、ここまで来るのは。結局十年以上かかっちゃったもんな~、としみじみと思い返すには、まだ早いですね。

私が思うに、日本人ってのは、トレンドに流されやすい民族なんでしょうかね。
何かが流行ると、皆さん、ど~っとそれに雪崩れ込む。

で、当然、すぐにそれに飽きてしまう。

ワインブーム、吟醸酒ブーム、焼酎ブーム等々。お酒だけに関しても、数年ごとにいろいろなブームがあったようですし、その裏には誰かの仕掛けがあったのかもしれません。
まぁ、その波に乗って、その時々でうまい商売を出来るような器用な腕があれば良いのですが、生まれつき不器用なことでは、親からも保証付きなもので、自分が納得できたものしか扱っていません。

そんな不器用な酒屋が、自分の足で探した純米酒を中心にした品揃えをしています。もしよろしければ、いろいろなページを用意してありますので、興味の赴くままにご覧いただければ幸いです。


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