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我は如何にして純米酒に嵌りしか(山口こまてる)

私がアルコールと出会ったのは、もう四半世紀も前の話だ。
オバカな学生だった私達には、酒は酔う為以外の何ものでもなかった。
最初に覚えたのは、味でも飲み方でもない。酒の吐き方だ。
体育会系の寮に寄宿していた私達の飲み会は、必ず人数分の一升瓶(安い焼酎ダ!)が準備され、
それを呑み尽くすまでお開きにならない。
所謂蛮行そのものだった。
イッキは流行ではなく、義務だった。
酒の吐き方を教えてもらっていなければ、文字通りここには存在していないに違いない。

余談だが、このアルコールで胃を洗う技は、営業職に就いてからは重宝した。
人生、何が幸いするか分からない。

当時の日本酒は、貧乏学生には高嶺の花の飲み物だった。
なにせ、一升900円の焼酎が定番の我々。
キープのある焼き鳥屋には岩倉具視一人連れていけば充分。
伊藤博文さんならおつりが来るほど呑めた時代(というか、そんな店しか行けなかった)。
そんな時代に、日本酒を呑めば確実に聖徳太子様に羽が生えるのだ。

アルバイトで懐が潤ったある日、一寸呑んでみようと思い立った。
その頃の日本酒といえば、九州ではなんといっても×××。期待を胸に一口。
・・・甘い。やたらべたべたする。燗にするとむせる。
まあ、1杯や2杯では良さは分からないのかもしれない。酔うまで呑んでみた。
・・・翌日1日を棒に振った。死ぬかと思うくらいの頭痛と吐き気。
日本酒は体に合わない、と思いいたるに充分な経験だった。

さて、焼酎は嫌い。日本酒は合わない。ビールもさして旨いと思わない。
ウイスキーやコニャックは旨いけど高すぎて手が出ない(出せる酒は不味い)。
でも酔うのは好き。ほおら、酒は酔う為の物じゃん。

それからの僕は、酔って陽気に騒ぐためにアルコールを呑んだ。
それなりに楽しかったけれど、それ以上でもそれ以下でもない時代が長く続いた。
営業時代は、酔うのも仕事のうちだったし。

閑話休題
仕事以外でアルコールを口にすることがなくなってから早10年。
マンションを買った。転勤もなさそうだし、会社の寮は出なくちゃならないし。
賃貸で払う家賃を考えると、買っても同じかなあ、と。
新居で迎える初めての新年。
お屠蘇の祝い代わりに、なにか相応しい酒で新たな年をスタートしたい。
ワインやシャンパンでもいいけど、どうもそれでは日本の新年とは言い辛い。
まあ、お祝いって事で、旨い不味いは言わずに、日本酒を見繕うか。
で、出会ったのが『○○ △』だった。
今まで日本酒に抱いていたイメージとはかけ離れた華やかな香り。
キン! と冷やしてなお感じる仄かな甘みと余韻。爽やかなのみ口。
酒単体で充分に心揺さぶる、そんな「大吟醸」との出会いだった。

それからは良酒の基準は心踊る華やかな香りとなった。
YK35、そんな言葉も覚えた。高い精米歩合が良酒を保証する第一基準となった。
酒は口開けから劣化が始まる。そう信じた。
上等な酒は、冷蔵保存しなければならなかった。火入れは酒をダメにすると考えた。
一升瓶は無駄だと本気で考えた。だって、一度に一升飲める奴なんか、そうそういない。
気になる大吟醸は片っ端から飲んでみた。

・・・金が続かない。
・・・で、2年で飽きた。

まあ、日本酒って奴もワカッタし、美味しいし、それなりの感動はあるけど、
普段飲むには高いよね。正月だけで充分かな。
と思い始めた頃、ネットで見つけた酒販店に気になるラベルが。
最初は記録のつもりで始めたラベル収集だったが
(流石に瓶はとっておけないので)いつしかラベル買いに走るほどのラベルフェチになっていたのだ。

その酒は『日置桜 生酛強力』
まあ、日本酒は一通りの結論を得たし、最後に一升瓶を買って〆るというのも、
一升瓶の存在意義を確認する上でも有用かも、と思って買ってみた。
そこへ酒販店の店長から悪魔の囁きが。
「このお酒を造った加藤杜氏が新しい蔵で造った生酛純米のにごり酒がありますが、こちらもご一緒にいかが?」
ええ、買いますとも。
これが後に僕を冥府魔道に導く『生酛のどぶ』との出会いとなった。

生酛のどぶ、解ってはいたが、にごり酒だ。当時の僕の常識では、要冷蔵酒の最たる物だ。
早く飲みきってしまわなければ! ダメにしてしまう!

という訳で、最初に開ける酒は『生酛のどぶ』に決まった。
だって、我が家には一升瓶を入れておける冷蔵庫はない。

? ??? なんじゃこりゃ?

不味くはないけれど、味も無い。この酒、にごりじゃなかったら飲めないんじゃないのか?
第一命の香りが無い。スイスイ飲めるけど、なんだかゴハンも欲しくなる。
変な酒だなあ。
翌日、 ? なんだか味が変わった。昨日無かった甘みが僅かにある。何故?
更に翌日。おんやぁ? また味が変わった。なんか昨日にもまして口当たりが良い。
オカシイ。酒の劣化は始まっているはずなのに、口開けよりも旨くなっている気がする。

・・・結局、飲みきるのに5日かかり、5日目が最も旨かった!
ありえん! 僕の今までの研鑽は何だったんだ!
これはもう1本頼んで検証しなければ!
杜氏 加藤克則。この人が醸す酒がそうなのか? それとも生酛がそうなのか?

『生酛のどぶ』2本目。(同じ酒を2本買った初めての酒でもある)
考えてみれば、大吟醸を呑み漁っていた頃は、
どうしてももう1本買って飲みたい酒には出会わなかったのだなあ、と、今になってしみじみ思う。

どぶ到着と同時に酒販店から不穏なメールが。
「温めても美味しいですよ」
ハァ? この人はナニヲ言っているのだ?
良い酒は冷やして飲むものでしょうが!

だが、待てよ、ことごとく僕の常識を覆した酒が。
もう日本酒もこの辺で終わりにするんだし、物は試し、やってみるか。

!!!!! あり得ん! 旨い!

味が無いぜって思っていた酒が、蕾が膨らむように旨味を増す。
ゴハンを噛み締めて食った時のような甘みが顔を覗かせる。

冷やで5日かかったどぶは燗では3日でなくなった。なんと危ない酒だ。
日を追って増す旨味を検証するはずがトゥルトゥル飲み干してしまうなんて。

そして、今まで呑み漁っていた大吟醸達と、明らかに異なることが。
食べ物が無性に欲しくなるのだ。それも、美味しい食べ物が。
しかも、ゴハンと一緒に飲んでも全く問題ない。つまり、夕食のお茶(または水)代わりに飲めるってことだ。
そして、酒を飲まない夕食では絶対にありえない余録、それは食事終わりにはほろ酔い気分になってるってことだ!

この年になるまで、酒を”食事と共に楽しむ”文化を持たなかった僕。
酒は、それ単体で楽しめるモノが良い酒であると信じて疑わなかった僕。
それ故、晩酌文化に懐疑的だった僕。
食中の酒はアクセント。だから、食事の邪魔をしなければ良い。ビールで充分。
というか、飲む必要はナイじゃん! と思っていた僕。

そんな僕が『生酛のどぶ』1本に吹き飛ばされた。
酒一本で大げさな、と笑うなかれ。コペルニクス的転回だったのだ! 僕にとっては。
これは、酒は温めてやれば、その真価を発揮するのではないか?
我が家の冷蔵庫に大事に仕舞っていた四合ウン千円也の大吟醸を、片っ端から温めてみた。
・・・ゴメンナサイ! のめましぇん! 私が悪うございました!
どれもこれも、へんな匂いがする×××級じゃん!

世の中には、温めてはいけない酒が存在することを初めて知った瞬間でもあった。
僕が今まで良酒と信じてやまなかった酒は、温めてはいけない酒だった。

そして良い酒は冷やして飲んでいた僕であったはずなのに、
酒の良し悪しを温めて飲めるかどうかで判断するようになってしまった。

それからは坂道を転がり落ちるように冥府魔道に迷い込む。
快刀乱麻の切れ味鋭い鷹勇と出会い、どこまでも真っすぐな天穏・馨と出会い、
どこまでも旨くなる旭菊・綾花で開栓放置の楽しみに目覚め、
日置桜に美学を感じ、可憐な鯉川と出会い、羽前白梅のしなやかな硬さに溺れ、辯天娘の初々しさに惚れた。
竹鶴の秘めた猛々しさを楽しみ、扶桑鶴の柔らかさに包み込まれる。
しかも、毎年。今年の酒はどうだ? なんて楽しみまで覚えてしまった。

年々歳々花相似 歳々年々酒不同

あああ、呑み尽くせない。でも呑み尽くしたい!
これを餓鬼道と言わずして何と呼ぶ?

しかし、燗酒に出会った僕の、今一番の財産は、同好の士との出会いと、
思う様好みの酒を楽しめる人と場を得たことだなあ。
まあ、彼等との出会いは、又別の話。

同じ酒が好きだというだけで、生活環境も年齢も地域さえも越えて飲み友達になる。
ものすごく狭い世界で生きてきて、更にものすごく狭い世界にはまり込んだ気がするのに、世界が広がってゆく不思議。
燗酒ワールドはブラックホールだ。光さえも飲み込み、時さえも越える。

さて、僕は、そんな無間地獄に落ちてくる若人を、穴の底から眺めることにしよう。
僕をここに引きずり込んだ『生酛のどぶ』に溺れながら。

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